記事: テオティトラン・デル・バジェ織物小史 III いま、息づく手たち ―

テオティトラン・デル・バジェ織物小史 III いま、息づく手たち ―
6|21 世紀の課題(2000 年代〜現在)
二一世紀に入ると、テオティトラン・デル・バジェの若い織物師たちは、伝統を守りながら現代の市場と向き合うという多層的なジレンマに直面した。大きく分けて五つの課題がある。
6-1. 天然染料という“贅沢”
イスアクやメンドーサら先達によって復興した天然染料は、今日では価値の証しと見なされる一方で、時間・労力・コストの三重負担が重い。
- コチニールは 1 kg の虫体を採集・乾燥・粉砕するまで延べ 80 時間
- インディゴは発酵と酸化に 10〜14 日、
- さらに媒染剤や薪の費用がかさむ。
化学染との差額は中サイズのタペテ一枚で数倍に達し、観光客の多くは分かりやすい派手な蛍光色を安価に求める。結果として、多くの工房が合成染+天然染オーダー制という二層価格を余儀なくされ、信頼性をどう担保するかが新たな課題となった。
6-2. 資源の脆弱性と環境リスク
天然染料ブームは資源圧迫をも招く。ペリコンやヒイサンチョなどの野草は採取期が限られ、過剰収穫が生態系を揺るがす。インディゴは高温と十分な降雨を必要とし、気候変動で発芽率が年々低下。加えて、コニチールを生産するノパール農園を維持する労働と土地コストが跳ね上がり、天然染料の安定供給が危ぶまれている。
6-3. 労働集約と後継者不足
一本のラグを完成させるには、途方もない時間と労働が必要である。一般的に羊毛洗浄→カーディング→紡績→染色→整経→織り→水洗い→天日干し、という八つの工程があり、延べ作業時間は最長で 400 時間。大学教育やデジタル産業に魅力を感じる若者にとって、低賃金・長時間労働の伝統工房はキャリア選択肢として魅力的に映りにくく、都市部へ若年層が流出している。
6-4. グローバル市場の価格圧力と偽造
ECサイトや露店には「天然染め」を謳う低価格品が溢れ、真贋判定は素人には難しい。さらに中国・グアテマラ製の機械織りラグが“Zapotec Style”として流通し、価格競争は年ごとに厳しさを増す。地元職人は品質証明書の発行や原産地呼称(GI)登録運動を模索するが、認証コストと手続きの煩雑さが障壁となっている。
6-5. 観光モデルの限界
団体ツアーは短時間滞在が主流となり、工房見学は「必ず買わねば」という心理的プレッシャーを伴う。英語が不慣れな職人と外国人客の間で交渉がぎこちなくなり、売上機会を逃すケースもしばしば。オンライン販売を試みても、職人たちはITやデジタルに不慣れであり、数名の家族で運営されている工房ではオンライン販売に対応するのが難しい。
まとめ
天然染の復興が評価を高めた一方で、それを持続可能に維持する仕組みはまだ脆弱だ。資源管理、後継者育成、ブランド保護、観光体験の再設計――これらを横断的に解決しなければ、テオティトランの織物文化は次の世代へ橋渡しできない。
この難題を“女性の連帯”で編み直す協同組合〈ビダ・ヌエバ〉の試みは革新的であり、一つの指針となりうる。
7|“静かな革新”──ビダ・ヌエバという回答(2000 年代〜現在)
テオティトラン・デル・バジェの課題を語るとき、必ず名が挙がるのが女性協同組合〈Vida Nueva=新しい人生〉である。誕生から三十年弱、彼女たちは家族経済・ジェンダー規範・資源循環・地域ガバナンスという四つのレイヤーを、一本の経糸に貫いてきた。少し脇道となるが、女性協同組合が生まれた背景としてメキシコにおける女性の地位について説明したい。
メキシコは「マチズモ(machismo)」の文化が根強く残る国である。マチズモとは、男性優位・男性支配的な価値観を意味し、しばしば「男らしさの誇示」「女性蔑視」「家父長制」といった態度と結びついて語られる。スペイン植民地時代のカトリック的家父長制、先住民社会における戦士的価値観、そして近代化と都市化の過程で再構築された男性像などが複合的に作用し、メキシコ独特のマチズモ文化が形成された。
この文化において、理想的な男性像とは、力強く、支配的で、感情を抑え、家庭と女性を守る存在である。一方で、女性は従順で純潔を保ち、母性に重きを置かれる。とくに「マリア信仰」と結びついた純粋で献身的な女性像(いわゆる“ラ・ビルヘン”)が称揚される一方で、「自由奔放な女性」は否定的に捉えられる傾向がある。この二項対立は、社会制度、家族関係、恋愛観などに広く影響を与えてきた。
実態としては、家庭内暴力、女性に対する性的ハラスメント、政治や経済における女性の排除など、具体的な差別や暴力として表出することが少なくない。メキシコ政府による調査では、多くの女性が公共空間での嫌がらせを経験しており、家庭内暴力やフェミニサイド(女性殺害)も深刻な社会問題となっている。2024年にはメキシコ史上初の女性大統領クラウディア・シェインバウムが誕生するなど都市部を中心にジェンダー意識の変化が顕著であるが、いまだ地方部では封建的な考え方が根強い。
女性協同組合が生まれた、生まれざるを得ない背景にはこうした問題があった。
7-1. 密やかな創設──“30分ルール”を破る
1990年代半ば、村では「既婚女性が家を離れ30分以上集まるのは好ましくない」という暗黙の掟が生きていた。夫を失ったり戻らないままの独身女性6名(うち3名は姉妹)は、生活費を稼ぐ唯一の術として織機を選ぶ。
夜明け前、トウモロコシ粉を捏ねる音に紛れ、彼女たちは裏庭で囁くような会合を重ねた。官庁の書類は読めず、資金はゼロ。それでも1人週50ペソずつを積み立て「共同基金」を作り、1996年に正式登録へこぎつける。
7-2. 工房オペレーション──家と仕事を再配線する
分散型生産:各メンバーの自宅に小規模設備を置き、羊毛洗浄→紡績→染色→織りまで完結。幼子を抱えながらでも働ける環境を確保。
共有資産:大型撚糸機と太陽熱乾燥棚は協同で購入し、予約制で使う。
知識クラウド:染料レシピは「誰が何色を成功させたか」を全員で共有。失敗も記録し、次の季節の改善に回す。
7-3. 共同基金の社会投資──織機を超える影響力
売上の10%を差し引いた共同基金は、年1回のコミュニティ・プロジェクトに充当される。
- 植樹事業:染料植物ペリコンとノパールを道路沿いに500株植栽。
- 教育支援:小学校へノート300冊と性教育ワークショップを提供。
- 高齢者ケア:村の高齢女性へ医薬品パッケージを無償配布。
基金運営を通じ、メンバーは自治会議の正式議席を獲得。女性が公的意思決定に参加した村で初のケースとなった。
7-4. 波及効果と今後の課題
女性協同組合の連鎖:周辺3村に派生グループが誕生。ビダ・ヌエバは染料指導と販路紹介を無償提供。しかしながら、英語・eコマース・物流のノウハウも不足気味で、外部の協力を得つつ徐々に前に進んでいる。
「私たちは“貧しい未亡人”というラベルを外し、織と色で村を動かすリーダーになった。」— パストラ・グティエレス・レジェス
ビダ・ヌエバは、家内制手工業という“静かな舞台”で、経済・文化・環境・ジェンダーを同時に編み替える。彼女たちのタペテは、床を彩るだけでなく、村の構造そのものを織り直す力を秘めている。

